神様のご飯、仏様のご飯


皆さん、神様のご飯と言えば何でしょうか?

 基本は、お米(生米)、塩、水です。毎日、朝夕の2回供えします。

 生きていく上で絶対に欠かせないものを毎日お供えいたします。

 他にも、お酒、さかき(ツバキ科の常緑樹)、生野菜、干物、果物、生魚、海藻玉串(の枝と特殊な断ち方をして折った紙垂(しで)という紙や木綿(ゆう)をつけたもの)などです。

 

仏様のご飯と言えば何でしょうか?

 基本は、一生懸命につくったもの、自分が頂くものと同じもの。毎日、朝昼夕の3回お供えします。主には、お水・ご飯が多いです。

他にもお茶、蜜湯(砂糖湯)、お菓子、果物、お膳(ご飯、味噌汁、煮物、酢の物、漬物など)です。

 肉や魚、五辛(ごしん)[ネギ・にら・にんにく・らっきょう・のびる(野草)]などはお供えしません。

 その理由は、全ての生命は誰かの命のお陰で自分の命が生かされています。命を頂くときに目にみえて嫌がる動物。臭いや辛みが強く憤怒を増進させ性欲を刺激するような、修行に集中し難い食べ物は、お坊さんは極力避けます。(ただし、頂いたものはその命を無駄にしないように有り難く頂きます)亡くなっている人は戒名や法名をもつ仏弟子(仏教徒=仏様の教えを信じる者)ですから、亡き人もお坊さんと同じように俗に言う精進料理をお供えします。

 

 

 仏前には生の物はあまりお供えしないですが、神様の前にはお供えします。例えば、神様には鯛がお供えされます。神主さんが神様に祝詞をあげその趣旨を報告し、鯛に神様の力を降ろしその鯛を頂きます。神様のお力を頂き厄除けをして元気を頂きます。もしくは、神様のご飯を食べて神に近づくという意味もあります。だがら、神様のお供えは神饌(しんせん)と言いご飯を差し上げるという意味です。または御饌(みけ)や御贄(みにえ)とも言います。神饌には、生のまま供える生饌(せいせん)と、調理して供える熟饌(じゅくせん)がありますが、生のままお供えすることのほうが多いようです。私達の祖先は日々の暮らしの中に神をとりいれ、これを崇めることにより心のよりどころとしていました。

 

 仏前には、生きているものが口にする状態で供えます。厳格な法要では、法要前ではなく、法要中に温かいお茶やお膳などを供えます。つまり、供えること自体が法要なのです。供養といいますが、供給資養の略語で、品物を捧げ、尊敬を込め懇ろにもてなすことです。つまり、供えて養う意味です。大切なのは、供えるときに損得の感情があってはいけないということです。ただ、亡き人のことを思い施す心とその行いが尊く、それが不思議な力となり、亡き人を救い、自分自身も救われ幸せになれるのではないでしょうか。

 

 

 これ以外にも、形式や儀式は、宗教・宗派やその地域の習慣や住宅様式により様々です。基本を理解した上で、選んで頂いて良いと思います。不安な場合は、遠慮なく神主さんやお坊さんにご質問されたらよいと思います。

最後に、大切なのは、素直に感謝の気持ちでお供えすることが神様仏様の御馳走だと思います。