陰膳


 私は、先日あるお宅の法事にお参り致しました。読経、法話と滞りなく法要が営まれた後、私は部屋の隅にあった「陰膳(かげぜん)」を見つけました。話に聞いたことはありましたが、実際に観たのは初めてでした。

確か「陰膳」とは、長旅に出た人や戦争へ行っている人など、長期間家を空けている人のために、残った家族が食卓を囲む時に、その人のお箸とご飯を食卓に並べ、その人の健康や幸いを願い一緒に食事をすること。もしくは、実家の亡き両親家族のためにこっそり供えることです。

 

 私は、そこに祀ってあった写真を指し、その家のおばぁちゃんに、

「この人はどなたですか?」と尋ねると、

おばあちゃんは、「私の父と母です」といわれるのです。

「早くに父を亡くした母は、私たち7人兄弟のため、毎日夜遅くまで働き、貧乏しながらも私たちを育ててくれました。しかし、そんな母も昨年亡くなりました。私はこの家に嫁いだ身ですから、実家の両親をこの家で祀ることは、本当はいけないのかもしれません。和尚さんに叱られるかもしれませんが、私の気持ちとして母の供養をしてあげたくて、部屋の隅に両親の遺影を祀りいつもお供えをしているのです。」といわれるのです。

 

 おばあちゃんは、亡き両親から受けたご恩を感じ、お膳を供え、手を合わせ、毎日冥福を祈られているのです。

 

 私は、大切なのは形ばかりにこだわるのではなく、素直に感謝の気持ちでお供えすることが、何よりの御馳走だと思いました。貪りのない素直な心が施しの行いとなり、真の供養になるのだなと感じました。

 

 きっと、おばあちゃんのその思いが通じ、亡き両親に護られているから、おばぁちゃんは、いつも幸せそうに笑っていらっしゃるのだなと思いました。

 

 感謝の念を持ち誰かを思うこと、それは、亡き人へも手向けるができ、自ずと己に還ってくるのだなと思いました。